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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)8893号 判決

原告 日本特殊基礎株式会社破産管財人 二関敏

被告 茅島剛

主文

一、被告は、原告に対し、金一五万円及びこれに対する昭和四〇年一〇月二三日より完済に至るまで、年六分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

三、本判決は、仮に執行することができる。

事実

一、請求の趣旨

(一)  主文第一、二項同旨の判決

(二)  仮執行の宣言

を求める。

二、請求原因

(一)  訴外日本特殊基礎株式会社(以下単に破産会社という)は、訴外富士電興株式会社外約六〇名に対して多額の債務を負担した結果、昭和三八年九月一三日支払停止をし、同年一〇月九日、翌一〇日、同年一一月六日と右富士電興株式会社外数名から東京地方裁判所に破産の申立を受けて審理せられ同年一二月一八日午前一〇時同裁判所において、破産宣告決定を受け、原告は、同日破産管財人に選任された。

(二)  破産会社は、昭和三八年六月一三日訴外龍田定男を受取人とした額面金一五万円、支払期日同年一〇月一七日、支払地および振出地大阪市、支払場所株式会社三菱銀行大阪南支店なる約束手形一通を振出し交付した。

(三)  破産会社は右約束手形の支払期日前に既に手形不渡り事故により銀行取引停止処分を受け支払停止をしていたので手形所持人であった被告は支払期日に右手形を支払のために銀行に呈示せずそのまま所持していたものであるが、その後前記のごとく破産の申立がなされ、破産会社の再建計画の実現が困難となった昭和三八年一一月中被告は破産会社支店長取締役訴外村上三郎に対し手形金の決済を強硬に迫り、更に右要求に際して立会った破産会社相談役兼経理担当の訴外船木鉄雄に対し督促した結果昭和三八年一二月一日、同人を介して破産会社から右手形金の弁済として金一五万円の支払を受けた。

(四)  被告は破産会社がすでに支払の停止をしていたことを知悉しながら右手形金の弁済を受け他の一般債権者を害したのであるから、被告の右弁済受領行為は破産法第七二条第二号による危機否認の適用を受ける場合に該当し当然否認せらるべきである。よって原告は、茲に否認の意思を表示し、かつ被告に対し右支払金一五万円の返還を求めるため本訴に及ぶ。

被告は、合式の呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭しないので、陳述したものと看做された答弁書には、次のごとき記載がある。すなわち、

三、移送の申立

被告の住所は、大阪府下にあって、被告の応訴に万全を期し適正な司法権の発動を保障している普通裁判籍は、大阪地方裁判所であり、本件訴訟の対象となっている弁済受領行為は、大阪府下で行われたため、証人はすべて、大阪府下に居住している。然るに原告は被告の住所地と隔絶した東京地方裁判所に訴を提起したが、同裁判所において審理を継続されるときは被告は大阪から一々口頭弁論期日に出頭することが、経済的に不可能であり、公的機関でありながら人の口を塞ぐような卑劣な原告の策略に乗ぜられる結果となる。よって、本件を被告の普通裁判籍である大阪地方裁判所に移送することを申し立てる。

四、請求の趣旨に対する答弁

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は、原告の負担とする。

五、請求原因に対する答弁

(一)  (1)の事実中、破産宣告のあったことおよび原告が破産管財人であることは、不知。その他は全部認める。

(二)の事実は認める。

(三)の事実は受領金額の点のみを争い他は全部認める。被告は原告主張の手形金一五万円については値切られて金五万円しか受け取らなかった。しかも被告は訴外龍田定男から取立委任の目的をもって白地式裏書により本件手形の譲渡を受けたもので、訴外船木鉄雄から受け取った右金五万円は直ちに右龍田定男に手渡した。

(四)の事実は争う。

六、被告の移送の申立ならびに答弁に対する原告の主張

右移送の申立を却下する裁判を求め、被告が前五の(三)において主張する事実を否認する。

七、証拠≪省略≫

理由

一、先づ被告の移送の申立について判断する。

破産管財人が否認権を行使し金銭物品の返還等を求めるときは詐害行為取消の訴(民法第四二四条)と同様に形成されるべき法律関係についての義務履行地である破産管財人の職務上の住所地の裁判所に訴を提起し得るものとせられており(民事訴訟法第五条民法第四八四条)、実務上も否認権の行使を円滑迅速に処理する必要と破産管財人の職務上の便宜を重視せらるべき公益的な見地からかく取扱われるのを通常の事例とする。ことに本件においては被告のため攻撃防禦の方法を容易に講ぜしめる便宜をも考慮し、被告の住所地を管轄する大阪地方裁判所において嘱託による証人船木鉄雄の尋問を施行したところであり、以上の諸事情を斟酌し、かつ法が訴の提起にあたり、普通裁判籍と特別裁判籍とが競合するときには原告にその提起すべき裁判所の選択権を与えた建前からみて本件のような場合特に当受訴裁判所が審判に適しないとして民事訴訟法第三一条により移送することは相当でないといわねばならない。

したがって被告の移送の申立はその理由がないからこれを却下する。

二、よって進んで本案について判断する。

原告主張の請求原因二の(二)の事実ならびに破産会社が多額の債務を負担して昭和三八年九月一三日支払を停止したことは、当事者間に争いない。

≪証拠省略≫によれば、破産会社は、同年一二月一八日午前一〇時東京地方裁判所において、破産宣告決定を受け、原告が破産管財人に選任せられたことが認められる。

≪証拠省略≫を総合すれば、原告主張の請求原因二の(三)の事実を認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

そうだとすれば、被告は破産会社がすでに支払停止の状態にあり、他の一般債権者を害することを知りながら、本件約束手形金の弁済として破産会社から金一五万円の弁済をうけたのであるから、この受領行為は破産法第七二条第二号による危機否認の対象となることは明白である。

よって原告が破産会社が被告になした弁済行為を否認し、被告の受領した右金一五万円の返還とこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四〇年一〇月二三日より右完済に至るまで商事法定利率である年六分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求を正当として認容すべく、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言について、同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石原辰次郎)

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